こんにちは、飯田橋ゼミナールです。
7月も目前に、夏休みが待ち遠しい方もいらっしゃるのではないでしょうか。
話は変わりますが、6月といえば皆さんは何を頭に浮かべますか。
梅雨や紫陽花、父の日など色々ありますが、私はある有名な文豪の誕生日を思い浮かべました。
それは太宰治です。
太宰の書いた『走れメロス』は、教科書で定番の教材です。
こうした背景もあり、誰もが一度は聞いたことがある作家なのではないでしょうか。
太宰治は1909年6月19日に生まれ、1948年6月13日に若くしてこの世を去りました。
東京都三鷹市下連雀にある禅林寺(ぜんりんじ)にあります。森鴎外の墓所と斜め向かいに位置しており、毎年6月19日の「桜桃忌(おうとうき)」には多くのファンが参拝に訪れることでも知られています。
6月に生まれ6月にこの世を去った太宰のほかにも、2025年後期NHKの朝ドラ『ばけばけ』のモデルになった小泉八雲も6月27日、日本で初めてノーベル文学賞を受賞した川端康成も6月14日に生まれています。
さて、本日は文豪という観点から、文系と理系について綴っていこうと思います。一つの例として読んでいただければ幸いです。
大学進学で大きな岐路に立たされる文理選択。高校1年生の秋ごろに選択し、高校2年生から文系志望、理系志望に分かれてそれぞれの教科を学ぶというのが、一般的な流れです。
こうした選択の背景には、日本の大学における入試制度により、志望する学科ごとに定められている受験科目の違いがあります。さらに、私立なのか、国立なのか、一般受験なのか、推薦入試なのか、帰国生入試なのかによって受験に求められることが大きく変化します。
こうした科目試験の差異は、入学後に選択する学問領域と関わっており、多くの高校生にとって悩みどころの一つなのではないでしょうか。
高校生のころを振り返ってみると、将来像を固めることができず、とりあえず「国語や英語が好きだった」という理由で文系を選択したことを思い出します。当時はやりたいことから逆算して選択を迫られていること自体に嫌気が差し、将来像が明確な友人たちを羨ましく感じることもありました。そうした状態と比例するように私の大学受験は、明確なモチベーションがないまま進んでいった記憶があります。
こうした葛藤は自分だけなのかと悩んでいましたが、文豪の人生を振り返ると、そうでもないかもしれないと思うようになりました。文豪といえば「文系の中の文系」というイメージがありますが、実は理系分野を学んでいた作家は少なくありません。
例えば森鴎外です。国語の教科書に収められていることも多い『舞姫』でその名前を知っている方も多いかと思います。森鴎外は代々医師家系だったこともあり、現:東京大学医学部を卒業し、医学博士を取得しています。その後、軍医を務めるなどしますが、文学に対する興味は衰えず、現代でも名の知れた文豪になりました。
こうした理系分野を学びながらも文学作品を生み出した作家は珍しくありません。
『銀河鉄道の夜』『注文の多い料理店』などで知られている宮沢賢治も、盛岡高等農林学校(現・岩手大学農学部)で学び、土壌学や鉱物学に精通していました。安部公房も東京大学医学部を卒業していますが、医師免許は取得せず、作家の道へ進みました。実際、 安部公房の作品には、医学や生物学の知識が練り込まれているものが多く存在します。『不思議の国のアリス』で知られているルイス・キャロルも、オックスフォード大学で数学を教える数学者でもありました。
こうした文豪たちの経歴を改めて知れば、文系だから、理系だからという区分けに対する見え方が変わるのではないでしょうか。
高校生が直面する「文理選択」は、確かに大きな分岐点です。しかし、それは決してどちらか一方の道を完全に閉ざすものではありません。
文系を選んだとしても、論理的な思考は不可欠です。理系を選んだとしても、自分の考えを言葉で表現する力は武器になります。大切なのは、選んだ場所で「自分なりの視点」をどう育てるかです。
「国語が好きだから文系」「数学が得意だから理系」という入り口は、きっかけに過ぎません。文理の枠を超えて思考を広げていった先に、自分だけの「面白い未来」が待っています。
もし迷いの中にいるのなら、かつての文豪たちがそうであったように、飯田橋ゼミナールは、その思考の土台を共に築いていきたいと考えています。